LDC教員にスポットをあて、深堀りするLDC教員インタビュー。今回は経営学研究科リーダーシップ・ウエルカム・プロジェクト、データアナリティクス演習の講座を担当する山口和範先生です。山口先生は、統計科学、統計計算、統計教育がご専門です。
インタビュー前編では、山口先生と数学・統計学との出会いから、立教大学でぶつかられた教え方の壁にについて伺いました。後編では、「統計とリーダーシップ」「LDCで学ぶ方々へのメッセージ」についてを伺っていきます。
◇統計やデータを過信することの危険性
―リーダーシップという側面で、統計やデータとは、どのようなものなのでしょうか。
山口 チームや組織で一体感をもって進んでいくためには、納得感や共感が必要です。言葉によって納得感や共感が得られるという場合もありますが、やはり多くの人の納得感を得るためには、エビデンスが重要です。統計やデータというものは、組織としての一体感を得るためのベースとなる納得感を得るために使うものだと思います。
―確かに、どれだけ正しくても論破されただけでは納得も共感もできず、ついていけません。エビデンスがあれば納得できます。
山口 統計やデータは、人を動かす力を持っています。だからこそ危険なものでもあります。常に頭に置いていただきたいのは、データが取れているのは全体のごく一部だということです。他の見えていない部分のことは分からないので、ある一部を良くしようとすると、そのせいで別の部分が悪くなってしまうことがあるのです。しかも観測していないところが悪くなっているので気づかない。多次元的に捉えなくてはならない事象を一次元的に1つの数字だけで意志決定してしまうのはすごく危険で、そこはある程度、経験や勘で補う必要があるのです。その意味で今のAIはこれまでのデータの積み重ねだけで学習しているので、データになっていないものや暗黙知として人間が持っている感覚のようなものが抜け落ちているのではないか、というところが心配です。
―確かにAIを活用した採用なども進みすぎるとちょっと心配です。
山口 採用においては多様性の確保も重要ですが、データ解析をする際はそれに反した動きをすることになります。データ解析をする際は、見る部分、見ない部分とを切り分けますので、見ない部分はどうしても“誤差”として切り捨てなければなりません。たとえば、大学の入試ではペーパーテストの成績というデータだけを見て、その他の性格やコミュニケーション能力などは見ずに切り捨てて合否を決めています。ですが、人というものはデータで見えない部分の方がはるかに多いものです。実際にはペーパーテストの点数が低い人の中にも入学するにふさわしい優秀な人が何人もいるはずなのですが、ペーパーテストで人の優秀さを予測するモデルにおいては、それ以外の要素は誤差として扱われ、切り捨てられているわけです。データというものには必ず見ないで切り捨てている“誤差”部分がある。データを扱うときは、“誤差”という言葉で片付けるのではなく、なにを見て、なにを見ていないのか、という意識は常に持っておく必要があると思っています。
―データだけを見て、全て分かったような気になってはいけない、というわけですね。
◇LDCの立ち上げ
―山口先生は1990年から立教大学にいらっしゃるということですが、立教大学でLDCがどのようにして立ち上げられたのか、その経緯などを教えていただけますでしょうか。
山口 立教大学に経営学部が開設されたのは2006年のことなのですが、前身となる社会学部の産業関係学部では、以前から人と組織についての研究が行われていました。1959年に産業関係研究所が設立され、社会学部に産業関係学科ができたのは1960年です。「産業関係」とは耳慣れない言葉だと思いますが、雇用者と雇用主の関係、いわゆる労使関係を指す言葉です。産業関係研究所では企業からの依頼を受け、労働者の意識や働き方などの調査、分析を行っていて、産業関係学科はそうした調査や分析のやり方を教える学科という位置づけです。社会学部ではあったのですが、「働く」ことをテーマとして心理学、工学、統計学の専門家が集まった文理融合の学科でした。この産業関係学科がベースとなって2006年に経営学部ができ、産業関係研究所はリーダーシップ研究所となりました。
―リーダーシップという言葉が出てきたのは2006年からなのですね。
山口 リーダーシップを掲げた経営学部を作ったのは、海外のビジネススクールなどを調査して、これからは日本もリーダーシップ教育を取り入れるべきだ、立教がその先駆けになろう、ということになったからです。経営学の大学院に関しては、今後、18歳人口が減っていくことも踏まえ、抜本的な改革が必要だ、という話になっていたところに、2018年4月から立教大学に中原先生がいらしたことで、人と組織に特化した社会人大学院をやっていこう、という構想がスタートしました。
―LDCは人と組織に特化した大学院ですが、カリキュラムの中には産業関係学科で扱われていた統計の授業がしっかりと組み込まれています。
山口 中原先生は人材開発・組織開発はエビデンスに基づいて進めていかなければならない、という思いを強くお持ちです。私自身、ここまでしっかり統計の授業をやるとは思っていなかったので、最初は驚きました。「データアナリティクス演習」では田中聡先生と廣川先生とトリオでやっています。実務や⼈的資源管理論、産業・組織⼼理学で統計を扱った経験の豊富な田中先生、廣川先生には表側の使い方の部分を担当していただき、裏側の理論のところは私が説明する、という形で役割分担しています。
◇統計の数字はぼんやりと見てほしい
―LDC生の方々の反応はいかがですか?
山口 統計学が嫌いにならないよう「統計学は楽しいよ」という感じでやっているのですが、やはり最初はみなさん拒否反応を示します(笑)。ただ、授業を通してなんとかみなさんに伝えたいと思っているのは、「統計学はサイエンスではなくアートだ」ということです。数学にもエレガントな解き方があるのと一緒で、人のやることですから、どんなエビデンスを用いて、どんな分析をして、最終的にどんな意思決定をしたのか、というところにエレガントさが求められるのです。なぜか。それは、意思決定がエレガントで美しくなければ、他者からの納得感、共感を得ることはできないからです。「統計的検定をして有意でした。はい、終わり」ではないのです。
―統計学というのはぼんやりもやもやとしたものを数字ではっきり明確にしてくれるものだと思っていたので、他者からの納得感、共感を得るために美しさが必要だ、というのはちょっと意外です。
山口 いえ、統計の数字というものはぼんやりと見ることが重要です。普通の人はきちんと数字を見ようとしますが、もう少しぼんやりと見ていただきたいのです。
―数字をぼんやり見る、とは、いったいどういうことでしょう?
山口 例えば、50という数字を見ると、普通の人は「49でもなく51でもなく50か」と思って見るわけですが、統計の数字に関しては「50だから40から60の間くらいだな」とほんわりとした見方をしてほしいのです。統計の数字というものは、データが1個抜けただけでも変わるし、誤差の概念ということも含め、そんなに正確なものではありません。だから、数字が出たからといって、きっちり判断しないでほしいのです。
―ぼんやり見ていたら、きちんとした判断ができなそうな気がしますが…?
山口 ぼんやり、というのは統計を理解するうえですごく重要なキーワードです。統計で見ているのは、「今、何が起きていそうか」とか「将来何が起こりそうか」といったことで、それが数字で出てくるわけです。でも、それは「売上がいくらになります」などときっちりとした数字を出しているわけではなく、「この位になる可能性がありますね」ということを言っているだけなので、そう思って判断してほしいのです。たとえば、AとBで統計的にはっきりとは差が出なかった、といった場合には「どちらでもいいから、やりやすい方からやりましょう」といった判断でいいのです。それを「こちらの方が、少しだけ数字が上だ、下だ」などと細かく見る必要はありません。もちろん、どの程度のぼんやり度合いで見るのかは難しくて、私は裏にある理論がわかっているので、そこははっきり分かるのですが、そのあたりは経験が必要です。
―なるほど。適切なぼんやり度合いで数字を見て、いかに納得感、共感が得られる美しい判断ができるか、というところが重要だというわけですね。
山口 その納得感、共感というところがリーダーシップにおいても、すごく重要なところです。人を動かすために、どんなエビデンスをどんな風に用いればいいのか、ソフトスキルとデータをいかに繋げるのか、といったところがデータサイエンス教育の一番大切なところではないかと思っています。最近はプログラミング教育なども盛んに行われています。もちろんプログラミング教育を学ぶ意義はあるとは思いますが、今後は生成AIを使って自然言語でプログラムを書けるようになってきます。そうなったら私はむしろ日本語で自分が思っていることをしっかり言えるかどうか、今ここで起きていることをしっかりとした文章で第三者に伝えられるかどうか、ということの方が重要な気がしています。
―最後にLDCで学ぶ方々へメッセージをお願いいたします。
山口 まずはみなさんがここで学んだことを、それぞれの場が幸せなものになるように繋げていってほしいですね。たとえLDCを修了したとしても、学びに終わりはないので、これからも新しいチャレンジを続けていってほしいです。人と組織についての専門家のニーズは今後も高まっていくことを考えると、LDCについては、もっと規模を拡大していくべきだと思っています。そのためには、ここで学んだみなさんのお力が不可欠ですので、ぜひ参画していただきたいです。また、いずれは人と組織に特化したLDCのような大学院が他大でも設置されるようになったらいい、とも思っています。そして、LDCは常にフロントランナーとして走り続ける…。そんな未来をみなさんと一緒に創っていきたいです。