「経営戦略論」は、経営戦略に関連する理論と概念を使って現実の経営戦略を総合的に理解することを目的とした、1年次秋学期の必修科目です。LDCは人づくり組織づくりを学ぶ大学院ですが、“経営に資する”人材開発、組織開発を行うためには、経営戦略への深い理解が欠かせません。「経営戦略論」では、経営戦略の理論や概念、フレームワークなどを学ぶと共に、実際に経営戦略を理解し分析できるよう、ケーススタディ、ディスカッションなどを通じて理解を深めていきます。
担当教員は立教大学経営学部准教授の村嶋美穂先生。村嶋先生はCSRなど社会における企業の役割・影響や企業と社会の相互関係を実証的に明らかにすることを主な研究対象となさっています。10月18日(金)18時30分からオンラインで行われた第9、10回目の授業の様子をお届けします。
授業の前半は村嶋先生による講義が中心です。これまで「経営戦略とはなにか?戦略的経営とはなにか?」といった基本概念から、経営と社会との関係、企業統治のあり方、内外環境分析などについて学んできました。この日のテーマは「経営戦略の策定」。経営戦略を策定するうえで知っておくべき様々な考え方やフレームワークを、事例なども交えながら、村嶋先生が丁寧に解説していきます。
まずは戦略策定の前提となる「ドメイン(事業領域)の設定」について。ドメインとは、自社が行う事業の取り組み範囲であり、いわば私たちはなにものか?何をする会社なのか?を規定するものです。ドメインは、『誰に(どんな顧客に価値を提供するのか)』『何を(どんな機能、価値を提供するのか)』『どうやって(どんな技術によって提供するのか)』を踏まえて設定していきます。その際、難しいのが広すぎず狭すぎない適切なドメイン設定です。」と、ポイントを押さえた村嶋先生の解説によって、一つ一つの概念がクリアになっていきます。
講義といっても、在学生はただ聞いているだけではありません。チャット欄では感想やちょっとした疑問、気づきなどが活発に交わされています。オンラインかつ人数も多くないためか、講義中も質問しやすい雰囲気があります。基本的に全員が画面オンで集中して臨んでいるため、常に緊張感は保たれていますが、「仲間と学んでいる」安心感があり、決して堅苦しさがないのがLDCのオンライン授業の特徴です。
続いて、全社戦略、事業戦略、機能戦略といった組織の階層別に様々な戦略についての概念を学んでいきます。企業の成長、安定、縮小といった全体的な方向性を示す「方向性戦略」、経営資源の適切な配分を考える「ポートフォリオ戦略」などの全社戦略。他社と競争し、優位性を確立する「競争戦略」と、企業が他社と協力しシナジーを生み出す「協調戦略」などの事業戦略。さらには、「マーケティング戦略」「人事戦略」など機能別の戦略。村嶋先生は、こうした様々な戦略が、それぞれどのような位置づけにあり、何を目的として、どのような場合にどう用いるのかを、代表的なモデルやフレームワークと共に1つ1つ分かりやすく概説していきます。
20時が過ぎ、前半の村嶋先生による経営戦略についての講義パートが終了。次に、ゲストスピーカーの松田陽介さんによる講義に移ります。松田さんは、政府系金融機関で海外向けインフラ融資に従事した後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに参画。10数年にわたってマネジメントコンサルティングに従事し、パートナーとして事業戦略策定や全社変革プログラム等、多数のプロジェクトの責任者を務め、現在はベンチャー企業の取締役を務めていらっしゃいます。
「みなさん、村嶋先生に大量の理論や戦略を説明され、『正直、これらをどう使えばいいんだろう?』と困惑なさっている方も少なくないのではないかと思います。私からは『なぜ、このような用語や概念が経営や戦略の議論につきものなのだっけ』というところに立ち戻り、『上手な使いこなし方』につながるように2回に亘ってお話しさせていただければと思います」と、話し始めた松田さん。前半の村嶋先生の講義で学んだ内容が、松田さんのこの言葉によって一気に揺さぶりをかけられ、在学生は興味津々で耳を傾けます。
「そもそもフレームワークとは何なのだろうか」というのが、松田さんからの最初の問いです。3C、SWOT、PPMなど良く知られたフレームワークの構造なども示しながら、「フレームワークとはMECEを生み出す切り口であるべき」と定義に立ち返りつつ、企業経営では、限られた時間の中で意思決定し、多くの人を納得させて動かす必要があること、そのために「MECEであることによって堅牢さが保証されたフレームワークは先人の知恵であり、意思決定のためのロジカルな思考や円滑なコミュニケーションを促すうえで非常に有用なもの」だと説明します。
とはいえ、MECEであれば自動的に道しるべが得られるというものではなく、経営の現場においては「So What? -で、何なの?どうするの?」こそが重要であること、フレームワークを用いて分析項目を網羅してよしとするのではなく、意思決定につながるように使っていくべきであること、そのためには使い手の課題認識や意思が極めて重要であること、も話されていました。「授業の中で出てきたフレームワークの一つ一つを覚える以上に、なぜそのような切り分け方をしているのかを意識することで、“ツール”に振り回されるのではなく、“ツール”の適用可能性を知り、使いどころを見極めてほしい」との話に、在学生もうなずいていました。
前半の村嶋先生の講義で学んだ内容が、後半の松田さんの講義によって一気に揺さぶりをかけられる今回の授業。在学生は、経営戦略の「理論」を実際の企業活動の中でいかに使いうるのか考えを巡らせ、納得感を高めることができたのではないでしょうか。
ゲストスピーカーの松田さんは講義について、「みなさん、これまで習った知識を『なんとかそのまま飲み込んでしまおう』と無理やり真正面から取り組んでいらっしゃるご様子でしたので、学んだ結果、現実を無闇に理論に当てはめにいってしまわないよう、敢えてアンチテーゼ的な問いかけをしました。また、LDCで学ぶ方々は、やはり良い組織をつくろう、良い人材育成をしよう、ということを第一に考えていらっしゃる方が多い印象です。ですが、その手前で、日々の業績やマーケットからの評価など、様々なプレッシャーにさらされている経営の生々しさ、厳しさみたいなものにも触れていただきたい、という思いもあります。戦略は経営の一要素であり、企業が実際にとり得る選択肢には制約も多いので、次回も引き続き、そうした経営のリアルみたいなものをお伝えできたら、と考えています」と話しました。
この授業の狙いを、村嶋先生は「経営戦略論というのは、企業がどのように目標を設定するのか、それをどのように達成するのか、を考える学問です。そのために、授業の前半では講義形式で内外の環境分析を行い、戦略を策定し、実施して評価するところまで、それぞれの段階毎に理論やフレームワークを紹介しながら説明していきます。授業の後半では、様々な理論の原著である論文を読んできたうえでディスカッションをしたり、今回のようにゲストスピーカーのお話を聞いたりすることで経営戦略についての理解を深めてもらえるようにしています」と話します。また、LDCの在学生には人と組織に興味を持っている人が多いため、「より関心を持ってもらえるよう、分析対象を所属組織にするなど、できるだけ自分事として考えてもらえるように工夫しています。また、経営学を学んだことがない学生もいるので、ディスカッションの時間を多く取り入れ、お互いの学び合いや教え合いも大事にしています。多様な業種、業界の方々が集まっている社会人大学院ですので、意見を共有してもらうこと自体が学びにつながると考えています」と様々な授業の工夫もなさっている、とのこと。なお、経営戦略については、春学期の「経営学概論」で概観を掴んだうえで、改めて秋学期の「経営戦略論」でじっくり学ぶ、といった形でカリキュラムの方でも、無理なく理解を深められるような設計がされています。
村嶋先生は人材開発、組織開発をする人が経営戦略について学ぶ意味は非常に大きい、と話します。「LDCは人づくり組織づくりの大学院ではありますが、会社が向かっている大きな方向性や、喫緊の課題への感度を見失ってしまうと、人材開発、組織開発が自己目的化してしまう危険があります。LDCで経営戦略を学ぶことで、組織を大局で見るような視点を身につけ、しっかりと自分なりの軸を持って仕事に取り組めるようになっていただけたら、と思っています」。
LDCでの学びは、まだまだ続きます。