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  • 2023.10.30
  • 教員インタビュー
  • <LDC教員ロングインタビュー> 櫻井 功先生「忘れてはいけないのは、人事担当者は会社の戦略パートナーである、ということです」

 LDC教員にスポットをあて、深堀りするLDC教員ロングインタビュー。今回は戦略的人事実務論を担当なさっている櫻井 功先生です。ゼネラルエレクトリック、シスコシステムズ、HSBC、すかいらーくの人事リーダーポジションを歴任。パーソル総合研究所 取締役副社長、工機ホールディングスCHROを経て、現在はADKホールディングス 執行役員 グループCHRO、株式会社パーソル総合研究所エグゼクティブフェローを務めている、まさに戦略人事のプロフェッショナルです。



―今日はGEをはじめ、様々な会社で人事トップを歴任されていらした櫻井先生に、人事の仕事に就いたきっかけや、これまでのお仕事経験の中で印象に残っていること、仕事のうえで大事になさっていることなどをお聞きしていきたいと思います。キャリアのスタートは銀行だったとのことですが、学生時代から金融志望でいらしたのですか?


櫻井 大学は法学部でしたし、特に金融希望というわけではありませんでした。母の影響で小さい頃から海外の文化に触れることが多かったこともあり、漠然と「海外に行きたい」といった思いがあり、元々は商社を希望していました。内定もいただいていたのですが、就職活動をしていたある日、三和銀行に勤めていたゼミの先輩から連絡があり、海外留学から帰ってきたばかりの別の先輩に繋がり、興味深い話をしてくれました。「もう少し話を聞いてみたいな…」という気になって、いろんな方に会って話を聞くうち、断れなくなりました(笑)。
当時の銀行は国際化の走りでしたから、「チャンスはいっぱいあるよ」と説得され、入行しました。実際、初めに配属された浅草支店は一年中お祭り騒ぎで楽しかったですし、留学も海外赴任もさせてもらったので、確かにやりたいことをさせてもらった、という気はしています。


―会社派遣の留学で米国コーネル大のロースクールにいらしたとか?


櫻井 はい。支店から本部の国際金融部へ異動になって間もなく、社内公募の留学試験に合格しました。派遣先はビジネススクールかロースクールのどちらかだったのですが、ロースクールに入るための条件である法学部卒が留学候補生の中で私ともう一人しかおらず、必然的にロースクールを目指すことになりました。
入学試験にはなんとか合格したものの、授業の最初は英語が全く聞き取れなくて大変でした。正直、さほど法律が好きだったわけではないのですが、大学院生活はめちゃくちゃ楽しかったですよ。コーネル大は全米で一番キャンパスがきれいだと言われているところで、冬は寒かったですが、本当にきれいなところでした。


―2年間、アメリカで勉強なさって、帰国後はまた本店へ戻られた?


櫻井 はい。グループ会社を担当する営業部門で仕事をし、3年ほど経った正月明けに突然「人事へ異動だ」と言われまして。それが人事との出会いでした。
営業本部での仕事が楽しかったので、正直、あまり嬉しい異動というわけでは無かったです。異動したばかりの時、電話を取って「いや~お世話になっておりますです~」なんていう調子で大声で話していたら人事部長から「うるさい」とお叱りを受けたことを今でも覚えています。当時はダブルのスーツを着ていましたし(笑)


―なんと、スーツまで買い直さなくてはならなかったわけですね。人事のお仕事はいかがでしたか?


櫻井 異動先は人事の中でも人材能力開発の部門だったので、新入社員研修や管理職研修の企画運営など人材育成の仕事をいろいろやっていました。
主任研修の資料に「社員が全員辞めてしまったら、会社というのは存在しえない。だから、社員と会社は対等なのであり、盲目的に従属してキャリア開発を会社に任せきりにしてはいけない」などといった内容を盛り込んでみたり、今思うと当時としてはぶっとんだ企画を出して、当時の人事部長に「お前は経営がわかっていない」などと怒られました(笑)。


―90年代からエンゲージメント、自律的キャリアの重要性を説いていらしたとは、だいぶ時代を先取りなさっていたのですね!その後にGEに転職されたのはどのような理由だったのでしょうか?


櫻井 その後、人事部門やロサンゼルスの現地法人で経営チームメンバーをしていたころ、日本では大手銀行間の銀行再編の動きが始まりました。「この先、銀行間の統合・合併の調整役みたいな仕事が続くのだろうな…」などと考えたら、急に目標が見えなくなってきてしまいました。そこで転職を決意し、GEに人事のマネジャーとして入社しました。


―転職する際に営業ではなく人事を選んだのはなぜですか?


櫻井 外資系はジョブ型採用ですから、どの職種でその後のキャリアを築くかということを考えなくてはなりません。営業なども考えはしましたが、経験のない商品の営業担当で成功するのはちょっと難しいかな…と思ったので、日本でも、また海外勤務でも経験した人事という職種での転職を選びました。
その後のキャリアが人事になったのは、間違いなくこの時の選択によるものなのですが、GEの人事に入ったのは偶然です。その頃のGEにはジャック・ウェルチがいて、人事が先進的な試みをやっている…などということは入った後に知りました。


―日本の銀行からGEへの転職というのは、カルチャーショックが大きかったのでは?


櫻井 それがカルチャーショックなどは全く無く、むしろ水を得た魚のようでした。ロサンゼルスの現地法人にいた時に、アメリカの人事のやり方をある程度学んでいたというところも大きかったように思います。
GEではほんとうに勉強させてもらいました。入社したのはコーポレート機能のGEジャパンだったのですが、当時、日本にはGEの子会社がたくさんあり、「One HR」として各社の人事部門だけが集まって会議を行うなど、人事部門は会社の枠組みを超えた形で運営されていました。
コーポレートの人材が子会社の事業に送り込まれることもしばしばあり、私もある時、「そろそろビジネスの人事を経験したほうがいい」と言われ、当時グループ内で募集のあったポジションをいくつか受け、当時のGEコンシューマーファイナンスが所有していたレイクという会社の人事を担当することになりました。


―消費者金融のレイクですか?


櫻井 はい、そうです。その頃は解決すべき課題が山のようにありまして…。組織風土を改善する役割を任され、一時は毎週2~3日は大阪に行ってチームの指揮をしていましたね。店舗も数百店閉じたので大規模な配置換えを行いましたし、法律的なチェックやルールづくり、そうした情報に関する経営の合意の取付、社員への周知などなど…。概ね改善されてきたところで、ヘッドハンターからお話があり、シスコシステムズへ移り、HRリーダーを2年やった後、HSBCのHRリーダーの仕事を6年務めました。


―HSBCではどのようなお仕事をなさっていたのでしょうか?


櫻井 HSBC(香港上海銀行)は、中国の銀行ではなく、世界最大級のイギリスの銀行です。当時日本では支店がすでに140年以上存在し、貿易金融では世界的に有名な銀行でした。そのころの戦略として世界的に富裕者向けに個人金融を拡大していて、日本国内でも1500人程度採用し、50店舗ほどのリテールバンクのネットワークを開く計画があり、そうしたことができる人事の人を探している、との話でした。2年半ほどで一気に9店舗ほど開店させたところで、リーマンショックが起き、そのご紆余曲折はありましたが結局全面撤退することになりました。


―全面撤退!?ですか。リーマンショックでしたから仕方がないことではありますが、新しく採用した方々も辞めていただくことになったというわけですね…。


櫻井 はい。6年半の間にそのビジネス以外の改廃もありましたので、合計で700人ほど採用し、900人に辞めていただいた感じでしょうか。ほとんどは私がオファーレター(採用通知書)を出して来ていただいた方で、私がパッケージレター(退職条件を提示する書類)を出し退職をお願いしたのですから、やはりしんどかったです。
一時は一部支店を残すことも検討されたのですが、グローバルリーダーシップチームの方針が変わってしまったので、どうしようもありませんでした。退職金の交渉などでロンドンのHSBC本部とは何度も揉めました。あちらでは、退職勧告も「来週から会社に来なくていいよ」なんていう感じですから、日本の雇用慣行や法律をよく知らないまま方針決定し、平気で「この条件で解雇してくれ」と言ってきます。
こちらは日本の大手銀行や証券会社などを辞めて来ていただいた方も多くいましたし、「日本の法律ではそうはいかない。そんなことをしたら10年続く裁判になるが、パッケージを上乗せするのとどちらが得か考えてくれ」と応戦し、懸命に条件交渉しました。


―人事としては最もつらいお仕事ですよね…。もう言葉になりません。その後は外食のすかいらーくの人事をなさっていますね。


櫻井 HSBCの方をなんとか一通り整理を終えたところで、社長に「辞めます」と伝えました。社長からは「おまえは責任を感じる必要ない」と慰留されたのですが、やはり多くの人に辞めてもらった責任は感じていたので、もう辞めよう、と。そんな時に、偶然すかいらーくの人事をやらないか、というお誘いがあったのです。
上場を目指している、という話を聞き、上場を目指す会社の人事というのは一度経験してみたかったので、人事として関わり、無事に上場まで漕ぎつけることができました。会社としてどんなフェーズにあるのか、というもの人事パーソンとして仕事を選ぶ際の一つの基準になるかもしれません。その後、かなり疲れてしまって(笑)、少し休んでいたところにお声がけいただいたのが、パーソル総合研究所でした。


―パーソル総研はこれまでとは異なる選択ですね。


櫻井 そうですね。副社長兼シンクタンク本部長という立場でしたが、これまでの経験を議論や調査を通じて整理したり、文章にしてまとめたりする機会をいただくようになり、初めて自分が実務としてやってきた人事の仕事というものを体系的に理解することができるようになりました。理論的にもかなり整理ができたことで、もっとうまくできるのではないか、という思いもあって実践の場に戻ろうと、工機ホールディングスのCHROを経て、現在はADKホールディングスのCHROとして仕事しています。


―櫻井先生は、人事トップとして新しい組織に入った際、どんなお仕事から始められるのですか?また、気を付けていらっしゃるポイントなどありますか?


櫻井 当然ですが、どのような状況にあってもこうやれば成功する、などという人事施策はないので、まずはとにかくその会社の状況を知ることから始めます。従業員の男女や年齢などの構成や採用状況等を知ることももちろんですが、アセスメントなどでその組織が今どのような状況にあるのか、どのような制度や人事の施策が導入されているのか、あとは会社のこれまでの歩みや業界の向かっている方向性などの外部環境はどうなのかといったことを知るようにします。従業員へのインタビューも行います。


―入社したばかりの人事トップに対してみなさん心開いて話をしてくれるものですか?


櫻井 誰もがすぐに心開いて話してくれるというわけではありませんが、「この会社を皆さんと一緒に良くしていきたいのでぜひ本音を聞かせてください」と言えば、大概の人は話してくれますよ。大切なのは「あくまでも戦略・戦術をつくるために現状を知りたいだけなので、どの部署の誰が何を言ったのか、ということは絶対に外に出しません。みなさんが何を考えているかを率直に教えてください」と伝え、心理的安全性を担保することが重要です。最近ではオンラインでインタビューができるので、以前よりは随分楽になりました。


―データから生声まで、さまざまな情報を社内外から徹底的に集め、まずは会社の現状を把握したうえで、取り組みを考えていく、というわけですね。


櫻井 そうですね。従業員の声からもデータからも、どこに問題がありそうか、成長のために必要なことはなにか、といったことがクリアに見えてくるので、その中から様々な施策を打ち出していくというわけです。もちろん、全部一度に行うわけにはいきません。
時間がかかるものもあるし、前後関係があるものもあるし、当然ながら経営陣が何を望んでいるかも重要です。経営陣としてどこへ向かおうとしているのか、どのように会社を経営していきたいのか、社長ほか役員とは入念にインタビューし、会議などを通して方向性を合わせるようにしています。また、施策を進めるうえでは、こちら側のリソースも重要ですので、人事チームのアセスメントのようなこともしつつ、何からどう進めていくのか、優先順位を考えてやって行きます。


―仕事のやりがいはどんなところにあると思われますか?

櫻井 やはり組織が良くなっていくというところですよね。「櫻井さんは、行くところ行くところ問題があって、大変ですね」などと言われます。ただ、なにかトラブルがあったり、問題があるからこそ、「外部の人事のプロにお願いしよう」ということになるわけなので、自分が呼ばれて行く先には何かがあり、大きな変革をしようとしているのだろうな、ということは、いつも覚悟しています。ADKでは、変化する広告代理店ビジネス業界の中で、若い人たちが意欲高く働く組織として次世代にスムースにバトンタッチしていきたい、今はそんな思いでこの仕事をやっています。


―最後にLDC生へのメッセージをお願いします。


櫻井 人事という仕事はロケット工学のように難しいものではありません。もちろん、さまざまな専門知識が時に必要なこともありますが、基本的には人の心が分かっていればできる仕事です。自分も人ですから、自分が会社で何を望むのかを考えれば、おのずと答えは見えてきます。
ただ、忘れてはいけないのは、人事担当者は会社の戦略パートナーである、ということです。社員に寄り添う、サポートする、ということも大事ですが、やはり戦略とか経営といった視点で人事を考えられなければ会社の役に立つことはできません。時には社員に厳しい評価を伝えるとか、辞めてもらうといったことも、人事にとって大切な仕事です。しかし、それが人に寄り添い過ぎてしまうとやりにくくなってしまいます。
人事には、その瞬間の人や組織を捉える目と、長いスパンで人や組織を俯瞰して見る目の両方が必要です。今、目の前の人、組織に寄り添う選択をしたことが、長い時間の中でボディブローのように効いてきて会社がダメになる、といったこともあり得ます。もちろん、逆もまた然りです。中長期的視点を持ちつつ、今の組織にどう向き合うべきか、それを判断するためには、市場や世界の流れの中で、今自分たちの組織はどこに向かっていて、どんな局面にあるのかを俯瞰して捉える目が必要なのです。